現代社会文化論「ペレストロイカと文化」講義録注釈

第1講 第2講 第3講


第1講

ゾシチェンコ
 『猿の冒険』(1946)で猿の行動をとおしてソ連社会を風刺した。「動物園の檻の中の生活のほうがソ連の生活より暮らしやすい」と。「ソ連社会にたいする低劣な誹謗」として批判される。
 

社会主義リアリズム
共産主義の実現のための路線に沿った在るべき社会を念頭におきながら、現実と人間の肯定的側面に焦点をあてながら描くリアリズム。
 

無葛藤理論
人間同士の葛藤は社会主義の結果解決されたので、これからは自然と人間との闘いを創作の主題とすべきとする楽観的な主張。
 

雪解け
スターリン死後、とくにフルシチョフのスターリン独裁批判後、抑圧の条件をゆるめ言論に自由の風をもたらした社会的動向をさす。
 

サミズダート
 直訳すると自立出版の省略語。検閲をとおさない非合法出版のこと。地下出版とも呼ばれる。文学作品を初め、社会論文も含め、タイプライターでねずみ算式に読者がふえて行った。保持者は逮捕された。
 

アネクドート
 アネクドートとは政治小話として知られている。日本ではアネクドートを小話と呼び、英語圏ではジョークと言っているが、もともとアネクドートは外国語にぴたりとはまる訳語を見いだすことの難しい言葉であり、ロシア独自の生い立ちと特性を持っている。本来アネクドートとは口から口へ、耳から耳へと伝えられるものだった。アネクドートの語源はギリシャ語の「未公刊」にあり、これはまだ活字としては公にならず、口頭で伝えられることを意味している。このようにアネクドートは本来口頭で語られるもので、その後に活字になるという伝統をもっていた。監視と抑圧のきびしかったソ連時代には、アネクドートの質も変わり、権力と体制に向けられる、体制にとっては目に見えぬ危険な世論となった。
フルシチョフの「アメリカを追い越す」発言についてのアネクドートは、川崎浹『ロシアのユーモア』143頁を参照。
 

中間派(1972〜1976)
 中間派については川崎浹『「英雄」たちのロシア』202頁以下を参照。
 

停滞の時代
 この名称はペレストロイカ<再建>の時代にゴルバチョフが用いた。
 

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第2講

インタビューで聞く
 川崎浹『いまソ連の知識人たちは何を考えているか』朝日新聞社1991を参照のこと。
 

マヤーク
 マヤークとはロシア語で灯台のこと。マヤコフスキイはロシア・アヴァンギャルド(前衛)の天才的な詩人。58年にマヤコフスキイの像が建てられ、その名にちなんで、ここにマヤークというグループが生じた。マヤコフスキイについては、水野忠夫『マヤコフスキイ・ノート』中央公論社を参照。マヤコフスキイ広場でのマヤークという名の集まりについては川崎浹『ソ連の地下文学』や『「英雄」たちのロシア』49頁を参照。
 

亡命現象
 亡命現象や「コンチネント」誌、シニャフスキイについては川崎浹『「英雄」たちのロシア』231,103,150の各頁を参照。
 

アレクサンドル・ゲニス
 アレクサンドル・ゲニスはソ連時代にニューヨークに亡命した40歳代半ばの気鋭の評論家。幾多の著書あり、『60年代人』は邦訳中。現在は米露を往来して活躍。国際シンポジウムで来日したこともある。スターリン死後、とくにフルシチョフのスターリン独裁批判後、抑圧の条件をゆるめ言論に自由の風をもたらした社会的動向をさす。
 

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第3講

ソルジェニーツィン
 ソルジェニーツィン回想記『仔牛が樫の木に角突いた』(新潮社)の年表が有益。
 

集団農場
 集団農場は、スターリンが30年代に生産手段の国有化をはかり、強引に「富農」という名の勤勉な農民を追放し、集団化した組織。この結果、農村の史跡も文化も荒廃し、生産物も激減。革命後半世紀で、かつて農産物を輸出していたロシアが、外からの輸入国に転落した。

自由は悪を前提として初めて成立する
 ベルジャーエフ『ドストエフスキイの世界観』パンセ書院3章63頁。『ベルジャーエフ著作集2巻』白水社。

禁制品
 『犬の心臓』『運命のたまご』や『巨匠とマルガリータ』のミハイル・ブルガーコフや、詩人フレーブニコフ、マンデリシュタム、ツヴェターエワ、ナボコフ、ダニール・ハルムスその他の復活。イビンスカヤ『パステルナーク 詩人の愛』など。
 

『良心の独裁』
 岩田貴『街頭のスペクタクル』96頁参照。『良心の独裁』は翻訳も『ドラマ・ソ連史』にある。また、エブゲーニア・ギンズブルグ『険しい道程』については同114頁を、ガーリン『夜明けの星たち』については同115頁を参照のこと。
 

パブリク・ルンギン
 『ペレストロイカの現場を行く』1章参照。ルンギンは私の友人でもある。
 

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