「ヨーロッパ文化」講義録vol.19

〜サルトルとカミユ〜

目 次
(1) コクトー×聖ジュネ×サルトル (2) サルトルの聖ジュネ論『殉教と反抗』 (3) コクトー『知られざる者の日記』 (4)『嘔吐』 (5) サルトル『存在と無』 (6) カミユ『異邦人』 (7) 『反抗的人間』
 

(1) コクトー×ジュネ×サルトル
ジャン・ジュネ『花のノートルダム』 (1944)『薔薇の奇跡』 (1946)『泥棒日記』 (1949)まで
 ジュネは1943年、32歳でジャン・コクトーを訪れ、自分の作品を見せたが、内容があまりに過激なために、コクトーはそれを肯定できず、帰ってもらった。ジュネは怒って帰途についたが、コクトーは考えなおし、ジュネを受け入れることにした。しかし、ジュネの作品がカトリックの国であるフランスの市民にどれほどの違和感と衝撃をあたえるかを考慮して、地下出版で刊行した。 これは全体主義共産国家、ソ連で反体制文学が非公認で地下でタイプ原稿や国外から持ち込んだ作品を廻し読みしていた現象と似ている。あれほど自由を標榜していたフランスにおいてすら、公開をはばかられた作品とはどんな内容なのだろうか。しかも、あれほど毒、悪、死、虚無を作品構成のねり粉のように手にしていたジャン・コクトーが、自分より過激なものの出現にためらったのである。

右:ジャン・ジュネの肖像

 街娼といわれる母親に置き去りにされ、父親はわからぬまま。田舎に里子に出され、10歳のときに自宅の物を盗み、養い親から見つけられ、社会がジュネを「泥棒」と名づけ、ジュネが社会から投げ出された事実が、その後の彼の生涯を決定づけた。少年院に入れられ、18歳から、浮浪者、乞食、同性愛、強盗、囚人、窃盗などを演じた。社会がジュネに泥棒の宣告をくだしたとき、ジュネは本物ではない「贋の子供」となり、それ以降、「贋」でありつづけた。しかし「本物の子供」はジュネの内部にあった。「最も深い所で自分とは別の者であることを無理やり強いられた子供」となる。そして彼は、サルトルの言葉を借りれば、泥棒になることを「選ぶ」。

 しかし、後にかれの芸術的才能が彼を救った。或いはジュネの内面からわき出る詩想と想像力がジュネを芸術の世界の向かわせた。周囲の闇と汚辱がすべて薔薇や水滴や夕陽や湖や宇宙の遊星や宝石や真珠でおおわれる。忍従の生活をそこまで導き支え得たのは、もちろんジュネの才能だが、サルトルは同時にそれは誇り orgueilであると言う。『花のノートルダム』(1944)はその所産である。『泥棒日記』 (1949)は過去を意識的に分析した「浄化的反省」(サルトル)の作品であり、表現技法も進歩したといわれる。
 

(2) サルトルの聖ジュネ論『殉教と反抗』 (「変身論」)
 サルトルの『殉教と反抗』は結局、かれの選択と自由の実存主義理論extensialismをジュネの行為と芸術作品に適応したものである。その一例として、ジュネの同性愛と押し込み強盗の関係をとりあげる。同性愛つまり男と男(女)の関係は男と女の模造品であり、『花のノートルダム』 (1944)のディヴィーヌが望むのは虚偽の世界である。虚偽の世界を絶対化するために本物の女性を醜いものとして遠ざける。

 ディヴィーヌと同じように若いときのジュネは女役を演じてきたが、容姿が女性的、中性的なものから遠ざかるにつれ、男に変身せざるをえない。当然男になりたいと思い、強盗という冒険をすることで男になろうとする。しかし、強盗という暴力行為で男になったかれは相変わらず同性愛者であることに変わりはないのであり、女を演じる男と寝るのだから、 結局は偽男のままである

 もちろん、サルトルは2000枚の原稿を費やしてジュネ論を展開し、ジャン・ジュネを「聖ジュネ」と名づけているゆえに、ジュネを高く評価し、「偽」の世界を否定しているのではない。実社会から見た「偽」の世界はそれ自体完結した実在の世界であり、実世界に対応する、或いは実世界の隠された真実をみごとに浮き彫りにする美と芸術の空間である。それは見る視線を持った者だけに理解できるオーロラの世界である。
 

(3) コクトー『知られざる者の日記』
 サルトルのジャン・ジュネ論は芸術作品にあらわれたジュネの過去と現在をみごとに実存主義ふうに解剖してみせた。サルトルの哲学、心理学、美学に完膚なきまでに網掛けされたジャン・ジュネは数年間、なにを書いてよいかわからず、作品が書けなかった。

 サルトルはジャン・ジュネを「オナニスト」と規定し、政治参加(アンガージュマン)の立場から「過去追慕主義者」と批判しているが、これはジャン・コクトーにも適応されている。したがってコクトーはジュネを擁護したが、それは 自分を擁護することでもあった。「知られざる者の日記」の中の「記憶」の最後の部分でそれをおこなっている。「ジュネは手術台の上でサルトルから解剖をうけ、そのまま横たわっているが、もう一人のジュネが遺体からぬけでて、手術台から降り、歩きだした」と。

 コクトーはまた「詩人は教授になれるだろうか?」と逆説的にサルトルを皮肉っている。「教授」という固定し、凍結し、安定した枠にはまっている人間が詩人でありうるはずがない、というアイロニーである。20世紀の最高の芸術センスの所有者でありながらバカロレア (=フランスでの大学入試センター試験)に3度も落ちた詩人が、教授資格試験に首席で入ったサルトルへ向けての反論として、ジュネと自分の擁護的発言はたいへん意味深い。サルトルはこの時期すでに『嘔吐』執筆の状況からぬけだし、政治に対して積極的な発言をおこなっていたので、その立場から彼らを「過去追慕主義者」と名づけた。実際、ジャン・コクトーは第一次大戦前の時期を「ベル・エポック」としてふりかえっていた。

 のちにジュネは社会批判をするようになるが、それは左翼からのブルジョア批判や階級的批判ではなく、自分が体験した苛酷な生活から放たれた社会批判だった。
 

(4)『嘔吐』 (1938)
 サルトルはこの前にすでに哲学論文を発表していて若いながら嘱望されていた。サルトルは「評論」として原稿を提出した。NRFの編集長は小説として採用、掲載して評判になった。評者のなかには「20世紀最高の傑作」と呼ぶ者さえいた。

形式は日記体
 主人公ロカンタンは図書館にこもって歴史の研究をしている。休息をとるバーと公園が舞台である。それとは別に日記を記していて、その日記の連なりが『嘔吐』という作品を構成している。饒舌な日記形式の採用は、物語の解体を意図したアンドレ・ジッドの小説実験の延長上にある。日記なので、その日その日の観察、体験を記入しているが、登場する人物で一貫性があるのは、たまに会う分かれた妻アニーと、図書館で毎回机をはさんで向かい合う老独学者だけであり、その関係も展開ではなく、挿話といった程度である。老独学者との会話に含まれているのは作者内面の対話だろうか?残りの人物との関係はエピソードにすぎない。周囲の人間に対する関係は拒否的である。

 では語り手は何を言おうとしているのか。小説の主題は「嘔吐」であると言ってよい。その点ではこの小説は非常に独創的、最大に20世紀的であるといってよい。嘔吐は何を意味するのか。すべてが内向的に意地悪く、あからさまな性行為もふくめ、醜い肉体現象或いは行為として描写されている。つまりこれが一種の「実存感覚」であり、周辺世界への違和感が嘔吐という感覚でしめされている。この世界での自分の存在の違和感を日々の経験を通して表現する点に『嘔吐』の目的があるようだ。

記述者ロカンタン
 ロカンタンは独学者のヒューマニズムと「人間は生きているのだから」生きるしかないという脳天気ぶりな楽観的人生肯定論をつよく否定する。ヒューマニズム論者一般を否定している。このことについては 『嘔吐』邦訳130〜140頁を参照のこと。なお、これらの頁ではヒューマニズムとの対決が示されている。

嘔吐と存在と不条理
 嘔吐は存在の「不条理」に対する心理的、身体的反応である。存在とはなにか、不条理とはなにか。これを説明したい。嘔吐つまり吐き気は自分が良好に反応し、摂取、吸収、消化することができずに、違和感、抵抗感、拒否感をおぼえることから生じる。

 『嘔吐』の有名な場面(サルトル全集『嘔吐』146〜150頁)にふれよう。公園のマロニエの樹の根元を見て、そこに主人公は「存在」の裸形を見る。「存在は人間たちの彩色された小さな世界のある動作、ある出来事、つまり相対的な場に移ってのみ、不条理となり、ばかげたものになる」

 サルトルのいわんとすることを理解するためには、私がゴシック建築やゴシック・リバイバルの講義でのべたことを思い出すといいだろう。カントが引用したエジプトの異教「イシスの女神」の碑文について思い出そう。そこには過去、現在、未来において人間の手で触れることのできぬ「存在」についてのべられている。

「存在」との出会いの偶然性
 主人公は日記に書く。「存在するとは、ただ単に『そこに在る』ということである。存在するものがあらわれ、『出会う』ままになる。偶然性とは消去できるものではないし、見せかけや仮象ではない。それは絶対的なものである」( 『嘔吐』邦訳152頁)

 私はこう考えている。存在は外のみにあるものではなく自分の内にもある。神や仏は自分の内部にもあると言い方を日本ではする。つまり「存在」は自分の中にもあって、それが姿を顕わそうとする。胃の中の「存在」が食道を通って喉から出るとき私たちは吐き気を感じる。これと同じ構図をサルトル使って、この場合はただ「存在」が外部から来るように話している。「存在」が内部からだろうと外部からだろうと、出現するという意味では同じである。サルトルは「存在」とは「ねり粉」だといっている。その「ねり粉」が薄れて「存在」がばらばらになったときに、具体的な事物が表れる。胃の中の未消化な「存在」が吐き出されたときに私たちは、ニンジンやゴボウのきれっぱしや、胃液を見る。これが「不条理」である。

 公園でマロニエの樹の裸の根っこを見たとき、主人公ロカンタンは思い、そして不条理の説明として 狂気についてこう言っている。

 つまり「存在」が具体的な事物として顕れるときに、それは不条理の形をとる。「嘔吐」は「存在」が具体的に姿を代えるときに、具体的な世界に生きている受け手が感じる予感である。ロカンタンは、この「存在」との出会いを「啓示」と呼び、それは「偶然」に訪れるとしている。ロカンタンは「偶然」とは消去できない「絶対的なものである」といっている。

 哲学者サルトルの経験した啓示はほぼ宗教的ともいえるが、むしろ宗教の裏返しの経験というほうが正しいだろう。彼は宗教とは逆の方向で、つまり「本質」や「真理」や「神」などのように先天的に在るものとして「存在」をとらえず、あくまで「実存」的にとらえていく。それを図示するとこうなる。
 

(5) サルトル『存在と無』 (1943)
existence→existentialism=実存主義
existere→外へ=ex+立ち出でる=sistereというラテン語に由来し、日常性に埋没した自己を脱自的に超え出て主体性の回復を図るという意味を含む。
ex=超える/sist=立つ/existent=超えて存在する
ハイデッガーの「現存在」Da-sein「ここにある」
ハイデッガーからサルトルへ。 実存する(越えて在る)現存在

左:サルトルの肖像

 「自己は実存(自己を超える)しながら、本来の自己に近づくことで本質を形成していく」
つまり実存は本質に先行するというのが、サルトルの思想である。ところが、例えば宗教やイデオロギーはこれとは異なり、最初に真理、「神」や体系という本質があり、実存はその本質に向かって進行する。しかし、実存主義では本質一般が前もってあるのではない。
 

(6) カミユ『異邦人』 (1942)
『異邦人』 (1942)

 主人公ムルソーは母親の死から、友人レイモンとアラブ人とのいざこざにまきこまれる。殺人は小説の中程で行われる。殺人後の出来事は小説の半ばをしめる。法廷での死刑宣告に至るまで一貫して冷静、無関心。サルトルの『嘔吐』で発見された「不条理」が、 カミユの舞台では発見ではなくすでに存在しているものとして扱われている。不条理そのものの状況を体で感じつづけているムルソーが「太陽の光りがまぶしくて」ピストルを発射し、別に憎悪を感じていたわけでもないアラブ人を殺害する。

右:『異邦人』の舞台、アルジェリアの砂地

 この作品は全世界に衝撃をあたえる。日本でも、こういう非倫理的な文学作品を評価することはできないというヒューマニスト作家、広津和郎と仏文学の評論家中村光夫の間で論争がおこなわれた。

カミユ『シジフォスの神話』 (1942)
 『シジフォスの神話』は自作『異邦人』への解説でもある。
「真に重大な哲学上の問題はひとつしかない。自殺ということだ。人生が生きるに価するか否かを判断する、これが哲学の根本問題に答えることなのである」「人生の意味にどう答えるか」

 ある人物の自殺の原因として、「新聞はしばしば『人知れず悩んでいた』とか、『不治の病があった』とか書きたてる。一応もっともに思える説明である。だがじつは自殺の当日、絶望したこの男の友人が、よそよそしい口調でかれに話しかけたのではなかったか。その友人にこそ罪がある。そんな口調で話しかけられただけで、それまでまだ宙に浮いていた怨恨や疲労のすべてが、一時にどっと落ちかかることがありうるのだから」 (新潮社『世界文学49「カミユ」2』)

 「説明された世界は親しむことのできる世界だが、反対に説明されない、意味づけされない世界では、人は自分をそこから追放された異邦人と感じる。人間と生 la vive、役者と舞台との断絶感。これが筋の通らぬ不条理の感覚である。そして理解できぬ状況から離れる手段として自殺が選ばれる。しかし、これは真理だとはいえ、不毛の真理である」

「論理的であるということは、常に楽にできる。が、極限まで論理的でありつづけるというのは、ほとんど不可能なことだ」
 

(7)『反抗的人間』
 論文 「心優しきテロリストたち」が下敷きになって戯曲『正義の人びと』が執筆された。 そこに登場するセルゲイ大公の馬車をを襲撃する青年詩人カリャーエフとステパンの対立。 ステパンはネチャーエフやバクーニンやドストエフスキイの『悪霊』のピョートル、シガリョフの系譜にあり、カミユはそれらの人物を下敷きにして、自分の戯曲を書いた。

左:『反抗と人間』

 セルゲイ大公と一緒に乗っていた二人の子どもを見て投弾を中止するカリャーエフと、革命を信じるのなら二人の子どもくらいなんでもない」とカリャーエフを非難するステパン。

 カリャーエフはカミユのためらいを、ステパンはサルトルやフランスの左派知識人を象徴している。サルトルは晩年を除いて、スターリンと収容所の存在を資本主義国の悪と相対化し、必要悪として認めていた。ボーボワールはサルトル以上にソ連体制を擁護していた。メルロ・ポンティを初めフランスの進歩派知識人の多くがソ連体制と共産主義寄りだったときに、カミユは孤立しながらも、自分の立場を崩さなかった。ただサルトルはカミユに「歴史」はテロではなく、真に、普遍的な労働者階級の立場から創られねばならないと説いている。

 カミユとサルトルの論争は、最初にサルトル主幹の「現代」誌で新進評論家フランシス・ジャンソンがカミユの『反抗的人間』を初めとする作品を批判した。一言でいえば、カミユの反抗的人間には「連帯」がなく、 革命を否定しているということらしい。これにカミユが反論したが、相手はジャンとサルトルと「現代」誌とフランスの当時の左翼一般だった。

右:最後の事故現場(新潮社『世界文学49「カミユ」2』708頁)

 カミユもサルトルとジャンソンを同一視し、サルトルもそうではないはずのカミユをブルジョアと規定し、混戦模様を呈している。また日本人紹介者たちが書いた論文も不消化ぎみであり、半世紀を経た今整理しなおされる必要があるだろう。ただし、 矢内原伊作の「『現代』誌と共産党 メルロー・ポンティの論争」は、当時の日本人がこの種の問題に触れた文章としては抜群に明晰で構成的である。

 

お奨め文献

サルトル『嘔吐』『存在と無』『シチュアシオン』『実存主義とは何か』
以上、「サルトル全集」人文書院
サルトル『殉教と反抗』新潮社
竹内芳郎・鈴木道彦編『サルトルの全体像』ペリカン社
 カミュ『異邦人』『反抗的人間』新潮社1966
窪田啓作訳『異邦人』新潮文庫
カミュ『シジフォスの神話』矢内原伊作訳・新潮社(『シーシュポスの神話』の表題で清水徹訳もある) ハ
カミュの主要作品は『新潮世界の文学』『現代世界文学全集』新潮社や文庫に収録されている。
ジャン・ジュネ全集『薔薇の奇跡』新潮社
ジャン・ジュネ『泥棒日記』『花のノートルダム』新潮社
菊池昌実『アルベール・カミュ』白馬書房

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関連文献は各自検索のこと。
 



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