ロマン・roman・長編小説(英語では物語はstory、長編小説はnovel)は主人公が物語展開の主軸の位置にあって成立する。しかも主人公はなんらかの典型的な性格や主張を有し、それが登場人物の行動になつながり、小説の筋を構成し、物語を展開させる。
すでに見てきたスタンダールの『赤と黒』や、ビクトル・ユゴーの『レミゼラブル』の主人公たちはそれぞれの個性と観念(理想とか理念など)を所有していた。したがってバルザックやフローベル、トルストイやツルゲーネフら19世紀の作家の小説はすべて「物語」だった。それは20世紀フランスでreci(レシ=語り)として取りあげられるものと結びついている。本格的に物語が解体されてアンチ・ロマンというジャンルが発生するのは20世紀の60年代だが、それより1世紀前に実はドストエフスキイが『地下室の手記』(1864)で意識的な物語解体を実行している。
第一にドストエフスキイは小説のヒーローを否定した。その場合ヒーローは「主人公」と「英雄」のふたつの意味を有している。英雄とは理念や理想の体現者でもある。従ってドストエフスキイは小説の主軸にある主人公と英雄の価値を否定し、第二に、当然のことながら、英雄たちが所有する理想や理念をも否定する。【1-A】 ドストエフスキイは『地下室の手記』でヒーロー(主人公と英雄)を否定する。具体的にはまず、小説というものに登場してきた「主人公」の価値を次のように否定する。引用文末の[6-93]などは、新潮社版「ドストエフスキイ全集」の[巻数-頁数]を表記しています。
「いったい自意識をもった人間が、いくらかでも自分を尊敬するなんて、できるだろうか?」[6-93]
さらに、こう展開される。
「ぼくは意地悪どころか、結局何物にもなれなかった。意地悪にもお人好しにも、卑劣漢にも、正直者にも、英雄にも、虫けらにも。・・・賢い人間が本気で何物かになることなどできはしない。何かになれるのは馬鹿だけだ。そう、19世紀の賢い人間は、どちらかといえば無性格な存在であるべきで、道徳的にもその義務を背負っているし、一方性格をもった人間、つまり活動家は、どちらかといえば愚鈍な存在であるべきなのだ。」[6-93]
20世紀の1942年にオーストリアのムージルが世俗的な意味での特性を拒否する『特性のない男』を書いたが、ドストエフスキイは80年前に、そうした発想を先取りしていた。
【1-B】 このようにして、ドストエフスキイは『地下室の手記』第一部で独白の語り手である主人公に、自分が主人公にふさわしい人物でないことを強調させた。さらに作家は『地下室の手記』第二部を成す小説「ぼた雪の連想」においても、英雄としてのヒーロー否定を展開する。第一部モノローグの語り手と第二部小説の主人公は同一人物として考えられる。
第7講で述べたように、『地下室の手記』はチェルヌィシェフスキイの『何をなすべきか』の主人公たちのパロディ・もじり・ひっくり返しである。チェルヌィシェフスキイは『何をなすべきか』で革命予備軍としての青年たちを小説のヒーロー(革命という社会正義は大きな物語)としてとりあげた。彼らの一人は、向こうからやって来る「横柄な将校」に道も譲らず、抱え込んで溝の中に投げ入れ、あとで助けだしてやる。作者はまた、おおっぴらに腕力の強さを他の主人公にもあたえている。
チェルヌィシェフスキイはこういう通俗的な「正義の力」を本気で賛美していた。ここに社会正義の物語と通俗美学の握手を見たドストエフスキイは、二部「ぼた雪の連想」で登場人物に全く正反対の行動をとらせることで、アンチ・ヒーロー、アンチ・ロマンの成立を意図している。「ぼた雪の連想」の登場人物は路上で「横柄な将校」に復讐感をいだき、将校を意識して幾度か正面からとぶつかろうとして、ぶつかれず、うじうじと悩む。これが作者ドストエフスキイによって完全に意識された、名前さえ持たぬ最もヒーローらしくない、ヒーロー、つまりアンチ・ヒーローであることは明らかだ。第一部で主人公は名前さえ持たぬ、自らを「虫けら」扱いする、つまりヒーロー(主人公)扱いされないアンチ・ヒーロー(非英雄)だった。第二部の「ぼた雪の連想」では語り手(主人公)自身がなんと自分(主人公)のことを「アンチ・ヒーロー」だと呼んでいる。「小説ならヒーローが必要だが、ここにはアンチ・ヒーローの全特徴がことさら寄せ集めてあるようじゃないか。」208【2-A】 ドストエフスキイの『地下室の手記』が物語の解体の先駆をなす2番目の大きな理由は、作品の一部でも二部でも、主人公が理念と理想を嘲笑していることである。この場合「理念」とは現代において「大文字の物語」とか「大きな物語」と呼ばれるものである。
小説一部で主人公ははっきり「美にして崇高なるもの」と「善なる行為」に対して甚だアイロニカルな反論を加えている[6-95]。「美にして崇高なるもの」については、ゴシック・リバイバルと、さらに『地下室の手記』の講義でのべたが、要するに1860年代のロシア人にとって40年代の社会はロマン主義的な「美と崇高」崇拝時代だった。
「美にして崇高なるもの」についてはゴシック建築と精神の講義で、「崇高」と「美」の概念は異なるとのべた。しかし、19世紀ロシアの1830〜40年時代はロマン主義や「理想主義」の時代で、「美」と「崇高」は同一レベルにあり、漠然と同じ概念として用いられていた。ドイツの詩人シルレルの作品ががよく読まれ、ドストエフスキイの作品にはシルレルが多く登場する。ロマン主義の流れでは「崇高と美」は峻別されなかったようだ。ツルゲーネフの『父と子(1862)』における世代の対立も、1840年代の観念論的理想主義派と1860年代の唯物論的現実派との葛藤としてとらえられている。1860年代の青年に影響したのがベンサム、ミルの功利主義、唯物論、共産主義、コントの実証主義、進化論としての科学など。ダーウィン『種の起源(1859)』における進歩の概念。チェルヌィシェフスキイの『何をなすべきか』の主人公は功利主義に影響をうけている。自分の利益になることをすれば自ずと他者の利益になる、と。
『地下室の手記』で「水晶宮」が否定されることを思いおこそう。「水晶宮」とは万国博覧会のことだる。万博はサン=シモンやフーリエら進歩主義者の具体的な産物、ひいては共産主義のシンボルでさえあった。
【2-B】 二部では主人公が彼を頼りにした娼婦を冷たく突き放す。つまり一部で「崇高と美」と並べられている「善なる行為」をアイロニカルに否定する行為である。
19世紀は科学的にも思想的にも進歩の時代であるとされている。実証主義もそうだが、端的にはダーヴィンの進化論『種の起源』、ヘーゲルの歴史観に現れている。つまり進歩とは時間が前方に向かって展開され、成果を実現の方向に持っていくこと。欧米語では単語の意味を強調するときに大文字で書くので、そうした理念や理想を「大文字の物語」と呼ぶ。ドストエフスキイの主人公はロマン主義の「崇高と美」や社会正義の「善」を否定することで「大文字の物語」を否定した。
ジッドのドストエフスキイ観
アンドレ・ジッド(1869〜1951):フランスのノーベル賞作家。作品に『田園交響曲』『背徳者』など。NRF「新フランス評論」誌の有力なリーダー。
左:ジッドの肖像ジッドのドストエフスキイ講演(1924):前半は評伝。後半は評論。以前書きとめたノートの発表。「謙虚」の視点からドストエフスキイ論を始めているが、あまりこの視点は意義を有するとは思えない。
ドストエフスキイが監獄と流刑地に送られて行くときの模様について語る。しかし、こんなことを第1次大戦後の講演会で話しているのは、逆にフランスでいかにドストエフスキイが知られていなかったの証拠。スタヴローギン・ドストエフスキイの少女陵辱を扱う。ジッドは『地下室の手記』に触れているが、きわめて心理的解釈に限定されている。
現在からふり返って当然のことながら、ジッドはドストエフスキイについて何も新しいことを言っていない。というより我々が1930年以降、ドストエフスキイ理解でジッドの発言を自分の栄養分にした、といえるだろう。
ジッドはあまり重要でない断片的な話しをしているが、これは意識的にノート・メモふうに構成したものと思われる。「明晰を愛し、無定型を嫌うフランス人」がドストエフスキイを持て余しているらしく、ジッドがドストエフスキイの弁明に廻っている。例えばイギリスとロシア文学ではしばしば子供が登場するが、フランス文学では殆ど登場しないことをジッドは指摘する。ジッドはドストエフスキイの「深淵」(ジャック・リヴィエールがドストエフスキイ論ですでにこの単語を適用していた)に子供の「無定型や不明晰」を結びつけて、フランス文学にはないものを擁護している。
これほどドストエフスキイの作品を理解し、擁護したジッドは、この講演の頃から『贋金つかい』の執筆にかかっている。ジッドは講演でドストエフスキイの生涯と作品をコラージュふうに解説しているが、自分の作品をもそのようにツギハギで構成しようとしている。
見逃せないのは、ジッドが『贋金つかい』で主人公たちとして少年をもりたてていること。これは無定型の生物の「深淵」を探るための対象として、ドストエフスキイやロシア文学を意識し、未成年をとりあげたからである。しかし古典的な「教養小説」の痕跡も十分に残っている。明らかに二人の未青年の「成長」を彼ら自身に語らせているからである。
『贋金つかい』で一番大きな比重を占める作家エドゥワールがノートに記す「純粋小説論」は重要である。
「小説から小説本来のものでないあらゆる要素を除き去ること。近年写真がある種の正確さにたいする関心から絵画を解放したと同じように、近き将来において、蓄音機が、今日の写実作家が得意にしている克明な会話などを小説から一掃してしまう日がくるにちがいない。外部的な出来事、事件、外傷などは、映画の領分。・・・人物描写にしても、本質的には小説に属するものとは考えられない。人物描写も必ずしも小説の仕事ではない。[演劇の場合は役者が人物描写をしているが、その役者・人物描写がいかに脚本の真実を失っているか](新潮文庫『贋金つかい』山内義雄訳103頁)
スイス逗留中のエドゥワールの文学論はアンドレ・ジッドの持論でもあるだろう。
パサヴァン伯の前に端役として登場するストゥルヴィイルーの文学観も、ある程度アンドレ・ジッドの文学観を代弁しているだろう。
ジイドは『贋金つかい』で小説がどのように執筆されるか、小説『贋金つかい』の作者エドゥワールという登場人物をとおして語らせている。エドゥワール現実の進行と小説の進行がどのようにからまっているか、について語らせている。小説はメモや日記や創作ノートや、エドゥワールとは別の語り手(ジッドとも重なる)による描写や、作中人物の書簡によって構成される。103頁
アンドレ・ジッド『贋金つかい(1926)』の内容
メモ的紹介:ベルナールは自分が母親の恋人の子であり、実子ではないことを知っていたので、置手紙して家出する。リュクサンブール公園に。ベルナールとオリヴィエは親友。ベルナールの父親プロタンディエ氏。プロタンディエ氏と、オリヴィエの父親モリニエ氏は同僚で、贋金を作っている少年グループを探査している。プロタンディエ氏、ベルナールの手紙を読んで心を乱す。「あの子は少し異端だったが、だから愛していたのに」と。
家出したベルナールはオリヴィエの寝室に泊まる。オリヴィエの叔父エドワルドは作品を執筆している。ブルジョア的中産階級のモラルへの知的なベルナールの反発。オリヴィエの兄ヴァンサンは医学部を卒業し、雑誌を主宰することになるパサヴァン伯(30歳)とが親しくなる。パサヴァン伯に連れていかれ、いかさま賭博場に行き5千フランを擦ってしまう。母親から貰っていた金で、ひそかに恋人の出産費用にするつもりでいた。再びパサヴァンに呼ばれて行くと、父親が死んだという。パサヴァン伯とその父親とのクールな関係。父親の遺体描写などにはリアリズム描写の名残りが見られ、純粋小説論は影をひそめている。
リリアン(イギリスのグリフィス卿の夫人)がパサヴァンに話すという形で、ヴァンサンと恋人の関係を語る。くどいリアリズム。もっとも、リアリズム様式で描かれたヴァンサンの恋のいきさつを、あとで作者は茶化している。「恋愛に一生を捧げるなんて馬鹿げたこと」73頁。 ヴァンサンは困った立場に立たされるが、リリアンから貰った5千フランで五万フランを儲ける。それは実はパサヴァンがリリアンに渡した金である。こんなまわりくどい行為に彼が出たのは、ヴァンサンを身動きとれないように自分にひきつけて、ヴァンサンの優秀な弟オリヴィエを創刊する雑誌の編集長にむりやり就任させるためだった。
ベルナールの両親について心理描写が行われているが、これも、くどい。
リリアンが17歳のときに体験した汽船の沈没と性格の変化を、ジッドは『白痴』のムイシュキンが話す死刑囚の話と、いくぶん意識的に対応させているのだろうか。
フランスに戻ってくるエドゥワール宛てに、「友情」に頼って窮状を訴えるヴァンサンの恋人ローラからの手紙。
エドゥワール、ノートに記す「純粋小説論」
エドゥワールが駅に着くのをオリヴィエ、父母への葉書で知って迎えにゆく。エドゥワールもオリヴィエの目にふれることを期待して書いた。二人の過剰な自意識とぎこちなさ。エドゥワールは30歳というのに。オリヴィエはバカロレア受験を控えている年頃。
語り手はエドゥワールの日記なるものを『贋金つかい』の中で披露しながら挿入する。最初に表題をつけ、メモや断片をため、しかし一行も書いていない。日記には甥のジョルジュ(本屋で万引きしている現場をエドゥワールに目撃されるのこと、その兄オリヴィエ、エドゥワールのかっての恋人ローラのことが出てきて、さらにアザイス老人と彼が語るジョルジュらの「小さな結社」のほのめかし。ローラとドゥーヴィエの結婚式など。アザイス老人の息子牧師のまたその息子アルマン、妹サラ。
Xという登場人物が『贋金つかい』の進展と関係があり、「彼の意見は小説の構想に有益である」と。アルマンがエドゥワールになぜローザと結婚しなかったのかとからかったとき、どうやらエドゥワールがオリヴィエの存在のためにローザとの結婚を急がなかったことが、作者によって示唆されている。
エドゥワールが駅でオリヴィエと会い、とりみだして捨てた荷物預かり券をベルナールが拾い、ベルナールが荷物預けでエドゥワールカバンを取りだし、その中の『贋金つかい』の原稿を読むという形で、小説のある部分は読者に提示される。原稿の中で触れられている親友オリヴィエの知られざる内面に接し、ベルナールは新たな感情をおぼえる。さらにベルナールはエドゥワールとオリヴィエ、サラとの関係などを知る。
11月10日の日記ではエドゥワールはまだ自分のほんとの気持をオリヴィエに伝えていない。自分に対するオリヴィエの気持ちも分からない。エドゥワールのスーツ・ケースの原稿、日記、ノートから事情を知ったベルナールは、エドゥワールと微妙な関係にあるローラに直接会いにゆく。(エドゥワールの鞄にあった)金で援助を申し出ようとする。ところがそこにエドゥワール本人が訪れてきたので、秘書にしてくれと申しでる。『鉄棒』でスター作家にになったパサヴァンが新雑誌の編集長にオリヴィエを迎えたいとの提案。エドゥワールの日記が、ベルナールに拾われて以来、新ノートに代わる。ラ・ベール夫妻訪問に触れられているが(前にも一度)、長くて、くどい。小説展開の必然性がない。スイスにエドゥワールの秘書として、ローラの療養についてきた」ベルナールから状況の変化についての突然の知らせを受け、オリヴィエは多少の嫉妬を感じる。
エドゥワールの日記には、スイスでエドゥワールらがラ・ベルーズ老人の、自身会ったことのない孫、神経症のボリスと会う。それで前述の、老人とのくどい接触についての描写の心が読めた。だがあくまでラ・ベール老人の存在は些細なエピソードにしか思えない。この小説は心理の綾と、小説構成にばかり腐心している。スイス逗留中のエドゥワールの文学論250。アンドレ・ジッドの論でもあるだろう。「現実に似ないこと」「人生からの離脱が必要」
「作品の主題は現実が主人公に提供するところのものと、かれ自身がその現実から作だそうとするところのものとの間の闘争です」「主人公の作家はそこから遠ざかりたいと思うでしょうが、私はたえず彼を引き戻そうと思っています。現実によって提出された事実と観念的現実との間の闘争。」文学についての小説。小説を書き進める経過でのメモや批評や感想。254-5。
ベルナールとエドゥワールの間で新小説の題名『贋金つかい』についてやりとり。そして、客からつかませられた商店主から貰いうけた偽の10フラン硬貨を、ベルナールエドゥワールに示す。ベルナールがローラに愛の告白。しかし、夫からローラを諦めぬ愛の手紙が今朝着いたという。スイスのホテルでソフロニスカという女性の心理療法士が少年ボリスにつきそっている。たいくつ。『贋金つかい』は二人の青少年を扱った一種の「教養小説」でもある。二人の成長期が本人たちの自分の行為にたいする自覚を以って書かれている。「自分は変わった。成長した」と話す。「教養小説」の凡庸さがここにはある。
ベルナールとエドゥワールの違和感。しかしベルナールは別れようとはせず、「あなたに代わって現実を観察しましょう。」298頁。突然いままでそれほど明確ではなかった「語り手」がプロットの運びで、「我々はオリヴィエをエドゥワールから離しすぎた」などと反省したり、登場人物を評価したり、語り手が今後の企てを告げたりする。エドゥワールの日記によるオリヴィエの父親、つまりポーリーヌ(エドゥワールの義妹)の夫モリニエとエドゥワールとの会食。モリニエがエドゥワールに愛人のことを話して、ポリーヌに手紙を片付けられ、見つけられたと、こぼす。語り手は彼を俗物扱いする。ラ・ペルーズ老人(ボリスの祖父)の自殺未遂のこと。なぜこんな退屈な挿話を入れるのか。ボリスはアザイス塾に預けられ、また退屈な挿話。そして心理描写へのこだわり。ドストエフスキイを前期読んできたので、アンドレ・ジッドがこんなに退屈に感じられるのだろうか。
アザイ塾で知り合ったブルジョア階級の子弟たちの交流描写。ジョルジュ(オリヴィエの弟)がフィフィにもらす。プロフィタンディウが離していた、ブルジョア子弟が関係している「淫楽の現場」でジョルジュの「情婦」が警察にしょっぴかれた、と。プロフィタンディウが少年たちのことを考慮して、彼らがいない夏休みに、検束したことを彼らは知らない。やっと、このあたりから小説が面白くなるが、520頁中すでに348頁。エドゥワールの日記が始まって、また面白くなくなる。もちろん、ジッドは通俗的「面白さ」を断ち切ることを意図しているのだろう。エドゥワールがベルナールにアザイ塾の始業日の話を聞こうとする。
バカロレア試験を受けたベルナールと、すでにパサヴァンの影響をうけたオリヴィエとの出会い。ベルナールのフランス愛国精神の表明(これはジッドの意見と重なるようだ)とオリヴィエの驚き。小説の構造としては、ベルナール=ヴァンサンとオリヴィエ=パサヴァンの対立。オリヴィエはパサヴァンの雑誌『前衛』の編集長になることに決まって、二人で夏を過ごしている。
モリニエの愛人からの手紙は実は末息子のジョルジュから盗まれていることが、他の少年の口から判明。少年グループのリーダーがゲリダニゾルで、メンバーを相互にけん制させ、思いきった大胆なことをやるうちに、贋金を使ったり、父親の秘密を探ったりすることになった。少年探偵団ばりの行為。
ドミートリイ・カラマーゾフの「生の過剰による自殺」の話がベルナールの口から出る。エドゥワールとポーリーヌとのモリニエについての話しは大人の会話として、なんとか読めるが、オリヴィエの頁にくると、もう退屈だ。やはり教養小説的要素が多い。400パーティで皆が顔を合わせるように作者展開。オリヴィエはエドゥワールの前では自分の良いものが出るが、パサヴァンの前だと最も悪しきものが出ると自覚。離反の気持ち。サラとパサヴァンとベルナール。
編集長になり損ねたディユメールの意趣返しで、彼から臆病と呼ばれ、オリヴィエが殴りかかる。オリヴィエ自殺未遂。ベルナールがカラマーゾフの話をしたことが自殺の刺激になった。パーティで起こしたスキャンダルが原因で、オリヴィエが編集長を降りたので、パサヴァン伯は新編集長を迎えるつもりでいる。このときパサヴァンが会ったストゥルヴィイルーの文学観は或程度アンドレ・ジッドの文学観を代弁している。「過去を全部ふるい落とさない限り」。「もったいぶった韻律、耳さわりのいい抒情的なきまり文句の背後に臭いものがある。」「絵画があれほど進んでいるのに、なぜ文学があれほどにあとにとり残されたのか」「りっぱな主題が今ではお笑い草だ。画家は、似ないでもいいという条件でなければ、肖像画一枚描こうとしない。「非論理のために尽くすのだ。雑誌の名は『清掃者』」。エドゥワールの日記に「いっきに30枚書いた」とある。
エドゥワールの小説論「小説の首尾一貫を尊敬するわけにいかない。首尾一貫は自然を犠牲にしてしか成立しない」「過去をもって将来を決定させることをしない」プロフィタンディウが初めてエドゥワールを尋ね、家出したベルナールの父親の一面と司法官としての職業的一面を覗かせる。ジョルジュに「これ以上危ない橋を渡らないように説得してください。」天使と、バカロレアに優秀な成績で合格したベルナールの出会い(実は悪魔で、国家の名誉などという政治世界の誘惑者)とベルナールの再生。ボリスと会う。天使との格闘が彼を成長させ、もうサラには会いに行かなかった。教養小説的ベルナール青年が人生を選択する際の高揚感と不安のプロセス。エドゥワールの反応。ジャーナリズムへの志向。
エドゥワールの日記によるラ・ベルーズ老人との出会い。面白くない。エドゥワールはジョルジュと会い、『贋金つかい』の自分の草稿を読ませ、内容と、「自分」とジョルジュの対応が、つまり虚構と現実が一致するという型でアンドレ・ジッドは『贋金つかい』を展開する。しかし原稿を読んだジョルジュは一向に驚かないが、エドゥワールがモリニエ予審判事の伝言を直接言うとショックをうけ、仲間たちに贋金を捨てさせる。アルマンが新雑誌の編集者になる。ボローニャの死。ボリスの空虚感。それで小説の結末に出てくる、強がり少年団でかれが貧乏くじと知って引き、性質のわるい少年の作為のためピストル発射で死んでしまう。
エドゥワールの日記で、自分はボリスの自殺は題材にしないと書いている。理由は自殺の十分な動機をつかんでいないからと。ラ・ベルーズ老人も自殺の一歩手前まで行きながら、自殺できないでいた。ところが孫に先を越されてしまった。エドゥワールにまたキリスト教やらキリストの犠牲のことなどでまた理屈。終了。
『贋金つかい』はジッドが悪戦苦闘しながら行った実験小説。もっとも本人は心理描写や迷路のような筋の設定を楽しみすぎたのかもしれない。
ドストエフスキイの内包していたものを半ば見抜いたアンドレ・ジッドも、しかし、30歳年少のダダ運動に対しては無理解な態度を示した。アンドレ・ジッドとダダ・シュルレアリスムとの間には距離があり、時代的な差があった。第二次世界大戦後の1960年代に登場したアンチ・ロマンは、ジッドが温存した文学の小説性(条件)をさらに実験と解体の方向に追いやった。その意味ではアンチ・ロマンはジッドが半分しか認めなかったシュルレアリスムの立場により近い。アンチ・ロマンという名を発明したのはナタリー・サロートの小説に解説を加えたサルトルであり、アンチ・ロマンの名称は主として60年代に流行った。
アンチ・ロマンで有名な作家にロブグリエ、ビュトール、ナタリー・サロートらがいる。同時代の傾向を有する劇作家にはベケット、イヨネスコその他があげられる。ひとまずアラン・ロブグリエの有名な『嫉妬』について。仏語のlajalousieには嫉妬とブラインドの意味があり、作者は表題に二つの意味をだぶらせている。この作品は従来の筋や物語はいうまでもなく、誰が主人公か定かでない。主人公はあえて言えば「視線」である。誰の「視線」であるかを、作者は明言していない。
最初は建物の形と影についての物理的な描写から始まる。やがて人物が登場するが、小説の語り手である「私」はいない。ただ無機物的な視線で対象を追っていく。小説には繰り返しの文句が重ねられ、それが何を暗示しているのか、少しずつ分かるような装置になっている。従来の小説の構造とは全く異なる作品である。ドストエフスキイの『地下室の手記』におけるアンチ・ヒーローもついにここまできたかと思わせる、読者の意表をつく作品である。
ロブグリエ『嫉妬』:解説メモ
『嫉妬』は最初の頁から高さ、距離、数字、角度を意識した描写。物体の影の動きに敏感。誰の視線で描かれているのか。人体の動きの物理的描写。音声の説明もある。台所で料理人たちの。「A」と「彼女」というのは別の二人の人物かと思っていると、Aと彼女は同一人物。来客はフランクで、最近はフランクの妻クリスチアーヌは自分の健康、子供の世話などの理由で来れない。彼女がフランクにグラスをさしだす。彼女とフランクの言動を視線は追う。彼女はフランクの横にすわる。Aの動きも伝えられる。自分の栽培場についてのフランクの話しに対する二人の反応。話しの進行とともに現場がアフリカであることがわかる。熱さに耐えられるとか、できないとか。 「描写が物理的である」ともいえない。視線はなにかにこだわりつづけている。例えばAのスープの飲み方への。気になるのは最初から絶えず「寝室」と「ブラインド(仏語では嫉妬と同じ単語)」という単語が頻繁に登場すること。小説の途中で、いきなり、人間的な解釈を下すフレーズ登場。「彼女はおはようという。上機嫌で目覚めた人の口調である。その同じ微笑のなかには信頼と愚弄とが、それとも感情の全的な欠如が読みとれる。」
Aの動作説明:爪を磨く、糸の網目をかがる。彼女の動作を追う。
再びフランクという人物現れる。フランクの妻クリスチアーヌの健康のこと。Aがフランクの子供のことを聞く。その様子を語り手は視線でのみ伝える。「そういう仕草に見えた」と。
今度はAがフランクのグラスにワインをついだり、フランクの頭に自分の髪が届くほどに接近している。
壁を這うむかで。Aの指の凍結。フランクがむかでを紙の束でつぶす。むかでの薄黒い形のしみ。
寝室でのAの動作についての物理的な描写。この小説の語り手は実は小説の視線の所有者ではないか。つまり視線は登場人物のもつ何か事ありげな視線だ。語り手は登場してないないのか。或いはその場に主観的に立ち会っているのか。
Aはフランクがこないので、一人で食事をする。ボーイは黙々と皿の出し入れをする。
二人が、読んだ共通の小説の筋についてヴァリアントを考えながら話し合う。その内容にはいかにも、これからAがフランクに車で町に朝早く連れて行ってもらう予定の過程を推測しながら、自分たちの行動を、自分たちの意図を探り合い、賭けを楽しむという趣がある。なにやら含みのあるやりとり。二人が町にはまだ出かけていないにもかかわらず、すでに帰ってきたかのようなやりとり。しかしドライブはしたらしい。Aは買い物が、フランクのほうは新しいトラックの購入という目的で、二人、フランクの車で出かける。二人の時間のすごし方の打ち合わせ。
食事のナイフとフォークの動きと口やあごの動きの物理的な説明だけ。ただし、このときもむかでが登場。むかでを殺すフランクの指の動き、指輪をしたAの手の痙攣的な動きへの繊細な視線。
夜になると、「肉食獣」のうなる声が迫ってくるという描写もこの小説の特徴。フランクが車の故障について絶えず繰り返し話していることにも注目。この小説は一般にリフレインから構成されている。Aとフランクの町行きの条件や打ち合わせの場面の繰り返し。しかし、一泊して帰宅したあとの、邦訳37頁における女性の指の乱れを描写する怪しく微妙な暗示の場面は、ひとつのクライマックスではなかろうか。
「彼女は何か変わったことはなかったかと尋ねる。」ここではっきり、彼女の話し相手が小説の視線の所有者らしいことが推測できる。
ナタリイ・サロート『トロピズム(1939)』
最初は語り手の正体が不明。視線は好奇と憧れのニューアンスをこめて「彼」や「彼女たち」や「彼ら」の言動を観察している。小説の最後の部分で「彼女」が登場するが、これは二十歳の誕生日を迎えたばかりの女性で、とつぜん彼女が小説の場面を進行させる「視線」の所有者であることが判明し、読者を驚かせる。『トロピズム』は、少女の感性と意識をかかえる視線が、成人のより明晰な認識に向かう運動の軌跡を、独自な表現で示している。彼女の評論集『不信の時代』はジッドの視線を受け継ぎながら、「ドストエフスキイからカフカへ」の道を示している。ドストエフスキイが現代に書けば、というような意味で。しかし、カフカのような整理された形にはドストエフスキイは納まりきれないだろうとも暗示している。
なぜ物語は解体したのか
ドストエフスキイからいきなり20世紀のヨーロッパ文学に移行したが、地元の19世紀文学では、すでに早くチェーホフ(1860〜1904)に物語の解体についての主題を見ることができる。
医学生のチェーホフは1880年代に稿料稼ぎに短編小説を執筆し始めた。帝政ロシアの1880年代は、一般に、政治的には反動的な、社会的には抑圧の強い、文化的にはなんらの特色もないニヒリズムの時代だといわれている。チェーホフも1890年代初頭、知人への手紙で、自分たちの中に(20世紀のリオタールが名づけた)いわば「大文字の物語」が欠けていることを自認している。
左:「三人姉妹」表紙チェーホフは1880年代にロマン執筆を試みるが失敗。トルストイやドストエフスキイらの書く世界最高の長編小説が発表されてのち、チェーホフはいったいどんなロマンを書くことができたろう。彼は80年代半ば文名が高まるにつれて、作家の責任を感じ、書くのは誰のためなのか、何のために書かねばならぬのか、悩み始めた。彼はロマンの創作を試みる試行錯誤ののち長編小説の執筆をとりやめた。長編小説から物語と写実的な描写を除去して、短編と中編小説の執筆に専念する。さらに描写を一切除去して、登場人物の台詞だけに収斂する。となると戯曲しか残らない。だからチェーホフは生来好きだった演劇に手をのばし、戯曲を創作した。彼の戯曲には筋(プロット)・物語の展開がない。事件は背景に退き、舞台には結果だけが現れ、登場人物の台詞以外にないので、心理劇や静劇といわれた。『三人姉妹』はモスクワへの夢物語の崩壊。チェーホフの作中人物は幸福になることがない、とも言われている。それは登場人物たちが大文字の物語入門への鍵を無くしてしまったからである。
『三人姉妹』では「鍵」という単語は物語を展開できない登場人物たちの一つの隠喩となっている。印歐語では頭文字を大文字で書くと特別の固有名詞となり、強調される理念となる。思想や理念を持った概念となる。
リオタールは『ポスト・モダンの条件』98頁で「19世紀の大きな物語のうちにすでに内在していた『脱正当化』そしてニヒリズムの芽を把握しておかねばならない」とのべているが、それはドストエフスキイやチェーホフの作品にこそ適用される。ゴーゴリもそうだ。
「大文字の物語」について注釈を加えると、とりわけ進歩と解放の理想が19世紀の大きな物語として考えられる。(リオタール『ポスト・モダンの条件』79頁)
ダーヴィンの『種の起源』による進化論。ヘーゲルの精神現象学では、歴史とは「精神」の自己実現のことであり、社会レベルに置き直すと、それは民主主義という進歩の哲学を意味する。
左:ダーウィンの肖像
それでチューリヒ・ダダのヒュールンベックは「精神という言葉を聞くと虫酸が走る」とまで言うようになる。
「テクノロジーの発展は、行動の目的から行動の手段へとアクセントを移動させてしまった。」(リオタール『ポスト・モダンの条件』97頁)
この問題はロシア・アヴァンギャルド講義の際に触れるだろうベルジャーエフの未来派批判の言葉にもつながる。ゆえにリオタールは近代を「大文字の物語」の時代と定義し、それを否定する思潮をモダン(近代)の後の20世紀の社会に見、とりわけ20世紀の80年代以降をポスト・モダンの時代と規定した。しかし、広義には第一次世界大戦から構造主義までも含むような発言をしている。本来ポスト・モダニズムのタームは建築領域から始まり、それを示しているのが、建築と都市デザインに広く目配りしたデヴィッド・ハーヴェイの『ポスト・モダニティの条件』(吉原直樹訳/青木書店1990)である。
20世紀思想の特徴19世紀の思想を進歩主義の思想と言い換えることができる。同時に歴史主義の世紀ともいえる。つまり時間が昨日から今日へ、そして今日から明日へとつながる。目標があり発展がある。展開する縦割りの時間軸があった。人類は時間の経過とともに文化と文明の両方で成長し、世界はやく成長しているオクシデント文明から残されているているオリエント・アジアに分類さたる。オリエント・アジアは進歩と成長によって、ヨーロッパを模範として、その目的に達するだろう、という考えがあった。人種や民族に優劣があるように、言語にも優劣があり、言語も人種の進化とともに変わってきたとする考えが一般的だった。つまり言語体系を時間の縦割り軸で「発展する」ものとして研究すること、これを通時的アプローチという。
この19世紀の言語学的アプローチに対して、フランスの言語学者ソシュールは言語に対しては共時的なアプローチをしなければならない、と主張。つまり言語は時間軸を縦割りに発展してきたものではない。言語は未開民族の言葉であろうと、最も洗練されていると思われているフランス語であろうと、すでに言語構造としてはそれぞれに完結していることにおいて同等である。つまり世界の諸民族の言語を先進的とか後進的とかに時間の縦軸で考えるのではなく、時間を横に輪切りにして、共時的に言語にアプローチしなければならない。さらに「ソシュールは狭い意味の言語学批判にとどまらず、言語学とか心理学とか、経済学とか、哲学とかいう、既成の学問の枠組みそのものがおかしいのではないと考えた」(丸山圭三郎著『ソシュールを読む』岩波書店の12頁)
右:レビ・ストロース
ソシュールと人類学者のレビ・ストロースが出会い、レビ・ストロースはソシュールの考えを人類学に適応した。これが構造主義の文化人類学である。構造主義とは文字どおり発展・成長的視点ではなく、文化を時間の輪切りで、つまり共時的に民族文化の構造を考究するアプローチする方法である。みすず書房『構造人類学』の6頁で、レビ・ストロースは二つに民族の間の「非連続」を強調している。また同書の8頁では「進化主義者のいう<段階>は抽象的なものにすぎない」とも。レヴィ・ストロース『野生の思考』も参考にするといい。
構造主義者としてはレヴィ・ストロース、ミシェル・フーコー、ジャック・ラカン(精神分析)、ロラン・バルトなど。
60年代は構造主義に対する賛成と反対で二つに分かれ、論議をまきおこした。トドロフやサルトルが攻撃し、レヴィ・ストロースは彼らは構造主義が分かっていないのだと反論した。デリダは「脱構築」。
20世紀には、理性と啓蒙と進歩の物語、一般に「物語」が威力を喪失したために言説が相互に繋がらなくなった。
「脱構築」の代表者とみなされるデリダはポスト構造主義者だが、客観的には、アルチュセールやラカンなどは構造主義者でありながら、のちにはポスト構造主義者の役割を果たしたみられている。
『ポスト・モダンの条件』はフランス人リオタールが書いたが、『ポスト・モダンの幻想』はイギリス人イーグルトンが書いている。フランスとイギリスの対立がここでも見られる。『ポスト・モダンの幻想』ではポスト・モダンの時代というのは「ポスト産業」社会、近代性の終焉、アヴァンギャルドの復活、文化の商品化、新政治勢力の出現、社会・自我に関する古典的思想の崩壊」として定義する。
「ポスト・モダニズムの最大の功績は、セクシュアリティ、ジェンダー、エスニスィティの諸問題を、政治的議論としてしっかり定着させたことだった。」37だが『ポスト・モダンの幻想』はポスト・モダニズムが差異や周縁や相対主義だけを強調して、普遍や本質や中心を押しのけていることに大きな不満を感じている。
実際、ポスト・モダニズム条件下の創作方法はコラージュ(はぎつぎ・寄せ集め)であり、物語reciを構成することのできない個々のdiscours・言説(一つの主張をもつ意見)の浮遊である。構成できるよな物語が喪失したからこそ、言説が強調されるのだろう。
ポスト・モダニズムは終焉したともいわれるが、それでは後に何がくるのか。フランシス・フクヤマが『歴史の終焉』で、冷戦により共産主義が崩壊したので、民主主義が勝利をおさめ、ヘーゲルのいう「精神の自己実現としての歴史」つまり民主主義が実現したので、もはや歴史は終焉したと結論するのと同じである。歴史は終焉したが、ではそれに代わるなにか新しい概念はあるのか。物語に拮抗できるものは何か。
「物語」の解体については、次の「ダダとシュルレアリスム」「ロシア・アヴァンギャルド」でも連鎖反応的につながっていくので、大きな文脈の中で論じたい。
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