鉱床異夢

文:円城寺 守
2007年3月

 授業や講演の名称に、最早、「鉱床学」という名前を使用しないと宣言した人がいた。

 確かに、鉱山と密接な関係を有したこの用語は、本邦における鉱業の衰退とともに影が薄くなってきた嫌いがある。中学校くらいまでは、鉱石や鉱脈という言葉は知っていても、鉱床となると知らない者が多く、鉱山と混同したりされたりしたものだ。床という文字に違和感があったのかもしれない。大学の授業でも、この用語の説明に1回分の授業を費やしたりもする。こうして、鉱床学の講座や講義の名称は、資源化学、資源科学、資源地質学、地球資源科学、惑星資源科学、宇宙資源科学などという用語に変わり、岩石学や鉱物学もひっくるめて地球物質科学では?というアイデアまで飛び出した。

 「鉱床学」この耳慣れない言葉に接して40年余。この言葉は小生とともにあった。今ではすっかりと生活の一部になり、人生の伴侶ともなった。今更という気もする。また、一方では、通じてしまえば、こんなにも包括的な用語もない。きわめて便利だという気もする。

 鉱床学というのは、鉱床地質学と同義語で、敢えて言えば、これに鉱石鉱物学を加味したものである、と小生は認識している。もともと、地質学そのものが資源物質としての回収に関与して発達してきた面が強いので、鉱床学は地質学や鉱物学の発祥に寄与したものであり、逆にこれらの上に成り立つものであるともいえる。これが、鉱床学の学問としてのまた最も人間生活に密着した重要性の所以である。

 鉱床の床は、文字通り、床すなわち平らに広がっているものの意味である。ドイツ語のErzlagerstetten、これは層のような大地または岩石・岩相を意味している。ヨーロッパ大陸に普通に存在する鉄や石炭の層状鉱床、即ち、同生鉱床の総称である。これは、ドイツ学派のかたくなな成因論論争の結果である。往時の斯界にはドイツに留学した者が多く、ドイツ学派の影響を強く受けて、多くの言語がもたらされ翻訳されたのである。そういうわけで、鉱床という言葉は、このような鉱床の成因を色濃くその中に含めて誕生したものである。その後、日本の鉱床学界は米国の学会の影響を強く受けて、成因論論争も、後生鉱床的に生じたものという考えにシフトする。今日では、より客観的に議論されている。

 鉱床には同生的なものと後生的なものとがあって、それぞれ、独自に議論が進められる。従って鉱床という用語は一方にのみ立脚したものであり、正しく表現するならば、双方のあるいはもっと広い包括的な用語を充てるべきかも知れない。しかし翻って、このような歴史的な用語が残存している事実を高く評価したい。

注)「同床異夢」(どうしょういむ)・・・陳亮「与朱元晦秘書」による。同じ床に寝ていても見る夢は異なる意。行動をともにしながら意見や考え方を異にしていること。(スーパー大辞林、三省堂より)